特色

編者のことば

川合康三(京都大学名誉教授)

中国ほど詩が重きをなした国は、古今東西を見渡しても、ほかに類を求めがたいことでしょう。およそ筆を手にする者であれば、上は皇帝・王侯から下は無位無冠の士人に至るまで、誰しもが詩を物したのです。貴顕の人々は事あるごとに集って詩を作り合い、士大夫どうしの間でも詩をやりとりすることは日常の行為でした。詩は欠くことのできない読書人のたしなみであり、社交の手段であったのです。

もちろん単に交際の具にとどまるものではありません。詩が包括する範囲は広く、政治を論じ、歴史を語り、自己の思想を吐露する、それも詩のなかに含まれました。詩は中国の知的営為の総体に関わり、その中心に位置したといっても過言ではありません。

日本においても早くから漢詩を受け入れ、文学のなかに浸透させてきたことは周知のとおりです。奈良朝から近代に至るまで、漢文学の伝統は日本文学の骨格として、強く大きな流れを形成してきました。

一方、近年では漢詩を世界の文学のなかに位置づけて新たに捉え直そうという動きも生じています。固定した枠組みのなかから解放し、「詩」として読み直してみれば、中国の詩は今日の生き生きとした文学として新たな様相のもとに蘇るはずです。

このたび完結した『新釈漢文大系』は、経史子集、すなわち経学・史学・思想・文学、その全体を網羅した重要な典籍が一堂に集められていますが、引き続いて中国の詩人のなかからとりわけ精彩を放つ十三人を取り上げ、『詩人編』を編むことになりました。東晋の陶淵明に始まり、南宋の陸游に至る詩人、彼らはいずれも詩という文体によって、自分の人生から生じた感懐、人間存在についての省察、そして世界に対する思索を表現しています。そのほかにも省きがたい詩人は少なくありませんが、とりあえずはこの十二巻によって中国の詩の相貌を捉えたいと思います。

『新釈漢文大系』が二十世紀の、そして昭和・平成の金字塔であるとすれば、『詩人編』は二十一世紀の、そして新たな元号のもとに新たな時代を開くものとして、漢詩愛好者はもちろん、広く中国の歴史・思想、さらには世界の文学に心を寄せる読者の方々の期待に応えるものにしたいと願っています。

推薦のことば

ロバートキャンベル(日本文学研究者・国文学研究資料館長)

ロバートキャンベル

私ごとですが「あの人、日本人以上に日本語が分かるからね」と言われることがあります。嬉しいけれど、違います。確かに日本語に対し意を尽くして言葉をおろそかにしないようには注意します。しかし一方、大切なバックボーンがあります。二〇代の前半から日本語と共に読んできた漢詩文の数々です。日本語で力強く繊細に、諧謔を織り込んでビビッドにものごとを表現しようとすると、優れた漢文と、豊かな漢詩の言葉と構造美が不可欠だと考えるのです。意味も情緒も汲みやすく確実なかたちで古典詩と出会える「新釈漢文体系 詩人編」の出現を、諸手を挙げて出迎えたいと思います。

興膳宏(京都大学名誉教授・学士院会員)

興膳宏

五十八年の歳月を費やして成った『新釈漢文大系』全百二十巻・別巻一巻は、中国古典の宝庫であり、日本の伝統文化の形成に大きく与った漢籍理解のために不可欠の図書である。ただ、強いて不満をいうなら、この大系が典籍を単位として構成されているために、わが国で長く親しまれてきた唐詩については、もちろん『唐詩選』のような書が収められてはいるものの、それが明代後期の復古派の文学観による選択を経ている制約ゆえに、必ずしも唐詩の多彩な面目が正当に伝えられているとはいえない。

このたび新たに刊行される『詩人編』十二巻は、そうした方面への読者の渇望を癒やす待望の企画である。唐詩を軸として宋詩にもウイングを広げる内容は、従来の現代語訳と語注に加えて、詩としての読みどころを押さえた解説も施されるという。執筆者には、いずれも漢詩の読み達者として知られる顔ぶれがそろっている。発刊を期待せずにおれようか。そして願わくは、いずれさらに多くの歴代詩人の秀作がここに集約されんことを。

出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)

円満字二郎(フリーライター・漢和辞典編集者)

全巻構成(ラインナップ)

新釈漢文大系 詩人編1陶淵明
新釈漢文大系 詩人編2謝霊運・謝朓
新釈漢文大系 詩人編3王維・孟浩然
新釈漢文大系 詩人編4李白(上)
新釈漢文大系 詩人編5李白(下)
新釈漢文大系 詩人編6杜甫(上)
新釈漢文大系 詩人編7杜甫(下)
新釈漢文大系 詩人編8韓愈・柳宗元
新釈漢文大系 詩人編9杜牧
新釈漢文大系 詩人編10蘇軾
新釈漢文大系 詩人編11黄庭堅
新釈漢文大系 詩人編12陸游

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