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二〇一一年一二月
平兼盛
数ふればわが身につもる年月を送り迎ふと何いそぐらん
(『拾遺和歌集』巻第四冬)
数えてみると自分の身に積もり重なる歳月なのに、どうして行く年を送るといっては忙しくし、新年を迎えるといってはあわただしく支度しているのだろうか。「わが身につもる年月」は、言い換えれば年をとるということになるだろう。年をとるために急ぐ必要はないのに、暦の上の年が改まるとなるとじっとしてはいられないのが人間の性だ。だから師走になると世間が落ち着かなくなるのは、昔も今も変わらないのだなと思わせる一首である。『和漢朗詠集』で冬・仏名(ぶつみょう)の項に載せているのは、この歌がもとは「仏名する家」を描いた屏風絵の歌として詠まれた(『兼盛集』詞書)ためであろう。
(和歌文学大系三二「拾遺和歌集」所収)
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与謝野晶子
四条橋おしろいあつき舞姫のぬかささやかに撲つ夕あられ
(『みだれ髪』「舞姫」)
夕方の京の四条大橋を、白粉も濃く化粧した祇園の舞子が渡ってゆく。その可憐な額をばらばらと霰が打っている。「四条橋」は謡曲「熊野(ゆや)」にも「四条五条の橋の上」と謡われる、鴨川に架かる橋。橋を渡って四条通を東に向かって直進すれば、その先は八坂神社、祇園さんである。だから「舞姫」は祇園の舞子。「ぬか」は額。その額を霰が打つ。しかし雹ではないのだから、痛くはないだろう。『明星』明治三十四年(一九〇一)一月号に発表された時は、第五句は「うつあられかな」であったという。「さぶうどすなあ」などという声が聞こえるようだ。
(和歌文学大系二六「東西南北/みだれ髪」所収)
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