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2018.05.24 [2018]
新釈漢文大系完結に寄せて~『キングダム』作者:原 泰久

「新釈漢文大系」完結おめでとうございます。

 ご存知の方もいるかも知れませんが、僕が今描いている漫画『キングダム』は、この「新釈漢文大系」にも収録されている『史記』という中国古典を元に創作しています。全120巻の完結に際して、僕の『史記』との出会いを紹介させていただきます。

 初めて中国古典というものを意識したのは、母親から『十八史略』が面白いよと薦められた中学生の頃だったと思います。高校時代には、司馬遼太郎さんの歴史小説を読むようになり、次第に中華の歴史の面白さを知るようになりました。

 『史記』との出会いは、大人になってからです。本格的に漫画家になろうと思い始めた会社員時代、僕は仙人の話を描こうと思っていました。古代中国の神仙思想について調べていると、それが紀元前の春秋戦国時代のものだとわかります。その時代についての知識と言えば、始皇帝と呂不韋を知っているくらいのものだったので、勉強しようと『史記』を手に取ったのが始まりです。

 ちょうどその頃、会社の業務で賞をいただきまして、副賞でもらった図書券で『史記』を揃えたのを覚えています。読み始めて、すぐにその面白さに夢中になりました。『史記』は司馬遷という歴史家が書いた書物なんですが、歴史書を読んでいるというよりも小説を読んでいる感じで、とにかく物語として面白いんです。特に人物描写。当時の武将や文官の人生が、非常にドラマチックに記されていて魅了されました。最初はあくまで仙人漫画の参考資料として読み進めていたのですが、すぐにこれは仙人を扱ったファンタジー漫画にせずとも、充分に歴史大作として勝負できるぞと思いました。中国の歴史というと『三国志』が有名ですが、それより何百年も前にこんなに魅力的な人物たちが覇を争った時代があるのかと驚きました。そして、それを見つけてしまったことに非常に興奮しましたね。

 それから『史記』を読み耽りながら、漫画作品として形作るための準備に入りました。『史記』は国ごとに歴史が描かれている「本紀」と「世家」、人物ごとに記されている「列伝」などで構成されているのですが、それらを縦横無尽に読みながらExcelを使って年代ごとの出来事をまとめ、自分なりの〝年表″を作っていきました。すると、さらにいろんなストーリーが湧き出てくるんです。あの国でこう書かれていることが、この国に意外な影響を及ぼしていたり。何度か名前が出てきて密かに応援していた武将があっけなく戦死していたり。なんてドキドキワクワクする歴史書なのだろうと。そうして作り上げた自分なりの『史記』の解釈を元に描いたデビュー作が、『キングダム』なのです。

 今年で連載12年目を迎えましたが、今でも折を見て『史記』を読み返しています。「秦本紀」、「始皇本紀」のあたりは何度も読み直しているのでもうボロボロ、手垢で真っ黒になっています。本当に面白い書物なので、ぜひオススメしたいのですが、これを読んでしまうと『キングダム』の結末がわかってしまうのでご注意いただけたらと思います。

 さて、『キングダム』で描いているのは、『史記』の中でもほんの僅かなページです。もっともっとたくさんのストーリーがこの歴史書には詰まっています。さらに言えば、そんな『史記』も今回完結した『新釈漢文大系』120巻の中の一部にしか過ぎません。壮大で面白い歴史のお話がまだまだ中国古典には無数に眠っているはずなのです。読者の皆さんがぜひそんな物語に出会えることを願っています。

(原 泰久)

「キングダム」イラスト入りサイン色紙(©原泰久/集英社)
©原泰久/集英社

キングダム特設サイト - 週刊ヤングジャンプ公式サイト

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新釈漢文大系「史記」について