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2017.03.31 [社長:三樹 蘭のブログ]
松家先生「古典ノート最終号」より

「さて、今日がぼくの最後の授業です。終わりにあたってひと言。

 

よく「こんなことを勉強して、いったい何の役に立つんだ?」ということを言う人がいます。

そういう人に、「役に立つってどういうこと?」と逆に聞いてみたい。

大学入試に役立つかどうかです、なんて答えが返ってくるのかな。

あるいは、社会に出たときに役に立つかどうかですと言う人もいるかも知れません。

 

いまの社会は、教育にも市場原理を導入しようという考え方が幅をきかせています。

数値目標だの経営計画などということばが、

教育の場に入ってきたのはここ10年くらい前からです。

教育がビジネスのタームで語らせるようになったのですね。

役に立つかどうか、つまりは投資に対してどれだけの見返りがあるのかという

ビジネスの世界では当然の「費用対効果」で教育を測る。

これがだんだん当たり前のことのようになってきています。

ぼくらの間でも、

何かをしたときにすぐに「成果」を求めないと気が済まない人がいます。

 

ぼくはこういう考え方っていうのは、大っ嫌いなのです。

こういう考え方が蔓延(まんえん)して、

それでお前も教育をしろよと言われたら拒否します。

最初に書いたような質問をする人は、

それを価値判断のものさしにしているわけです。

しかしぼくは、全く違うものさしがあるのだよ、

ということをみんなに伝えたいと思ってきました。

存在さえも知らなかったことを知ることで、 

それまでとは違う空間や時間、違う人やモノと接し、

つながることができる。

しかもそれを何人もの人たちと一緒に体験する。

そして一人ひとりが新しいものさしを手に入れる。

それで測ったら自分にどういう変化があるのかということを知る。

これが教育の「場」なのだとぼくは思っているのです

(それが実現できたかどうか、これが毎年の僕の反省なのですが)。」

(抜粋。原文では「ものさし」に傍点あり。)

 

 

大変お世話になった先生がこの春「ご卒業」されました。

お話を聞くたびに、その授業への思いに感銘を受けて

ついつい学校に長居してしまっていました。

漢文について先生に聞いて、答えが返ってこなかったことがないという

すごい先生なはずなのに、

「とにかく古典が嫌いになる生徒をひとりでも少なくすること。

成績がどうこうよりも、そのことを考えてきたのだと思います。」

とおっしゃって大変謙虚でもいらっしゃる。

「大っ嫌い」と言ってしまうのもなんだかかわいらしいです。

 

3月はお別れの季節でもありました。

さあ、明日から4月です!